字 子翼 · 不詳 ~ 不詳 · 揚州九江郡 · 曹操配下
周瑜を説きに行き、その度量だけを伝えて帰った九江の弁士
出典 · 『三国志』呉書周瑜伝と裴松之注の『江表伝』
蒋幹は九江の人です。彼のことを記した記録は、『三国志』周瑜伝に裴松之が引いた『江表伝』の一節だけで、陳寿の本文には名が出てきません。『江表伝』は、彼が風采がよく弁舌で知られ、長江と淮水の間で並ぶ者なく、敵う者がなかったと記します。
曹操は、周瑜が年若く才に優れていると聞き、言葉で説いて動かせると考え、ひそかに揚州へ人を下して、蒋幹を周瑜のもとへ遣わしました。蒋幹は布衣に葛巾をかぶり、私用で訪ねるように装いました。周瑜は出迎えると立ったまま「子翼、ご苦労なことだ。遠く江湖を渡り、曹氏のために説客となって来られたか」と尋ねました。蒋幹は「わたしはあなたと同郷で、離れて暮らすうちに遠くからあなたの名声を聞き、旧交を温め、その風采を拝見しに来ただけなのに、説客と言われるのは、偽りを先回りして疑うものではありませんか」と返しました。周瑜は「わたしは夔や師曠には及ばないが、弦の音を聞けば雅な曲かどうかは十分にわかる」と言うと、彼を招き入れて酒食を設けました。
宴が終わると、周瑜はちょうど機密の用があると言って彼を客館に留め、三日後に再び招いて、ともに陣営を巡り、倉庫や軍需品、武器をくまなく見せたのち、戻って宴を開き、侍者たちの衣服や珍宝を見せました。そして「大丈夫が世に処して己を知る主に出会い、外には君臣の義を託し、内には骨肉の恩を結んだのだ。蘇秦や張儀が生き返り、酈食其が再び現れても、その背をなでてその言葉を退けるだろうに、どうしてあなたのような若輩に動かせようか」と言いました。蒋幹はただ笑うばかりで、ついに何も言いませんでした。
帰った蒋幹は、周瑜は度量が大きく志が高く、言葉では離間できない人物だと称え、中原の士人たちもこの件で周瑜を高く評価しました。『江表伝』はこの出来事の年を記しておらず、蒋幹が書状を盗んだという話もありません。史書に残るのはこれだけです。
幹有儀容,以才辯見稱,獨步江、淮之間,莫與為對幹還,稱瑜雅量高致,非言辭所間『三国演義』 第45~47回 · 第57回
演義で蒋幹は第45回に初めて登場します。三江口の緒戦に敗れ、周瑜に水寨まで偵察された曹操が策を問うと、帳下から一人が進み出て「幼いころ周瑜とともに学んだ友ですから、三寸の舌で説いて降伏させてみせましょう」と言います。演義は彼を九江の人で字は子翼、曹操の帳下の幕賓と紹介します。蒋幹は葛巾に布衣の姿で童子一人だけを連れ、小舟を操って周瑜の陣に至ります。
周瑜は「説客が来たな」と笑って将たちに耳打ちで手はずを言い含め、錦の衣をまとった数百人を従えて出迎え、「遠く江湖を渡り、曹氏のために説客となられたか」と尋ねます。江東の英傑をみな呼び集めて宴を開き、太史慈に自分の剣を与えて酒席を監督させ、曹操や戦のことを口にする者は斬れと命じます。兵士と山のように積まれた兵糧を見せて「蘇秦・張儀・陸賈・酈食其が再び現れても、わが心を動かすことはできぬ」と言うと、蒋幹の顔は土気色になります。周瑜はこの席を群英会と名付け、剣舞を舞って歌います。
夜、周瑜はひどく酔ったふりをして蒋幹と同じ寝台に横になります。眠れない蒋幹は、卓上の書状の束から「蔡瑁張允謹んで封ず」と書かれた書状を見つけて読みますが、隙を見て曹操の首を献じるという内容でした。彼は書状を懐に隠し、明け方に誰かが江北から人が来たと周瑜にささやく声まで盗み聞きしたのち、夜が明ける前にひそかに抜け出して曹操のもとへ戻ります。「周瑜は度量が広く志が高く、言葉では動かせません」と報告してから書状を差し出すと、曹操は怒って水軍都督の蔡瑁と張允を斬り、それから計略にかかったことを悟って、毛玠と于禁にその任を委ねます。第46回で諸葛亮は魯粛に「この計は蒋幹しか欺けなかった」と語ります。
第47回、闞沢の降伏の書状と蔡中・蔡和の密書を受け取って迷う曹操に、蒋幹は先の失敗を恥じ、もう一度行って真意を探ってくると申し出ます。今度は周瑜は出迎えず、書状を盗んで蔡瑁と張允を死なせたと責めたうえで、彼を西山の裏の庵に留め置きます。夜、書を読む声をたどった蒋幹は、草庵で兵書を読んでいた龐統に出会い、周瑜は才ある者を受け入れられないと聞くと、彼を連れて夜通し江北へ渡ります。龐統は曹操に、船を鉄の環でつなげという連環の計を献じます。第57回で諸葛亮が周瑜の霊前で読む祭文にも、「鄱陽にて蒋幹が説きに来た」という一節が出てきます。演義で蒋幹が登場するのはここまでです。
歴史年表でこの人物が登場する出来事です。札はその出来事が正史と演義にどう記されたかを示します。
この武将がゲームの中で実際に口にする言葉です。
九江の蒋幹である。
同郷の者が旧交を温めに来ただけのこと。
説客とは、偽りを先回りして疑うものではないか?
…弦の音で曲を知るとは、返す言葉もない。
笑うしかない。言葉がついに出てこぬ。
長江と淮水の間に、わが弁を受けられる者はおらぬ。
度量が広く、言葉では離間できぬ人物だ。
三寸の舌が剣より先に届いた。
またも手ぶらで川を渡ることになるか。
言い尽くせぬことが残った。