字 不詳 · 不詳 ~ 不詳 · 不詳 · 孟獲配下
演義で藤甲軍3万を率い、盤蛇谷の炎に散った烏戈国の王
出典 · 『三国志』蜀書 後主伝 · 諸葛亮伝裴松之注の『漢晋春秋』 · 『華陽国志』南中志
兀突骨という人物は史書に登場しません。『三国志』の本文にも裴松之注にも、『後漢書』・『晋書』にも、南中のことを詳しく記した『華陽国志』南中志にも兀突骨という名はなく、彼が治めたという烏戈国も、その兵だという藤甲軍も見当たりません。演義は彼を烏戈国の王としますが、それは小説の設定です。
史書に残る南征は短いものです。『三国志』後主伝は、建興3年(225)春3月、丞相諸葛亮が南の四郡を討ちに出て四郡がすべて平定され、益州郡を建寧郡に改め、12月に諸葛亮が成都へ戻ったと記します。諸葛亮伝は、その年の秋にすべて平定されたとしています。裴松之注に引く『漢晋春秋』は、諸葛亮が夷人と漢人がともに従う孟獲を生け捕りにして陣営を見せ、七度放ち七度捕らえ、孟獲が「公は天威です。南人は二度と背きませぬ」と言って去らなかったと記します。平定したのちは、その地の首長たちをそのまま用いて治めさせました。
『華陽国志』も、七度捕らえ七度放つと孟獲らが心から服したと記し、孟獲はのちに御史中丞になったといいます。しかしどの記録も、孟獲が誰に兵を借りたのか、七度の戦いがどこでどのように行われたのかは記していません。史書の南征には、兵3万を一度に焼き払った戦いもありません。
七縱七禽,而亮猶遣獲。獲止不去『三国演義』 第90回
演義で兀突骨は第90回にだけ登場します。六度目に放された孟獲が銀坑洞まで蜀軍に奪われ、どこへ身を寄せればよいかと問うと、妻の弟の帯来洞主は、ここから東南へ七百里に烏戈国があると言い、その国王兀突骨を推挙します。帯来洞主の言によれば、兀突骨は背丈が一丈二尺で、五穀を食べずに生きた蛇や猛獣を食事とし、体に鱗があって刀も矢も通りません。その兵は、山の谷川のほとりに生えて岩壁に絡みつく藤を切って油に半年漬け、取り出して干し、干してはまた漬けることを十回以上繰り返して作った鎧を着ています。川を渡っても沈まず、水に濡れず、刀も矢も通らないので藤甲軍と呼ばれます。烏戈国の人々は家を持たず、みな土穴に住んでいます。孟獲が訪ねて再拝し、これまでのことを訴えると、兀突骨は自分の洞の兵を起こして仇を討ってやろうと言います。
兀突骨は兵を率いる二人の部将、土安と奚泥に藤甲軍3万を起こさせ、東北へ進んで桃花水という川の渡し場に陣を敷きます。両岸の桃の葉が毎年水に落ち、他国の者が飲めばみな死ぬが、烏戈国の者が飲めばかえって力が倍になるという水です。緒戦では蜀軍の弩の矢は藤甲に当たってことごとく落ち、刀や槍も通らず、魏延は敗れて逃げます。藤甲軍は鎧を着たまま川を渡り、疲れた者は鎧を脱いで水に浮かべ、その上に座って渡ります。呂凱は烏戈国を人倫のない国だとし、完勝しても益がないので軍を返そうと言いますが、諸葛亮は笑って退けます。
諸葛亮は自ら地勢を調べ、長い蛇のような形の谷を見つけ出します。両側が木のない剥き出しの岩壁で、中央に大道が一本だけ通る盤蛇谷です。彼は馬岱に黒く油を塗った櫃の車十両と竹竿千本を与えて谷の両端を守らせ、趙雲に三江へ向かう大道の入り口を任せ、魏延には、半月のうちに十五回負けて陣営七つを捨て、白旗の立つ所を目指して逃げよと命じます。
孟獲は兀突骨に、諸葛亮は伏兵を得意とするから、山あいの木の茂った所にはむやみに入るなと言い聞かせ、兀突骨は中国の者が多く詭計を用いることは承知していると言って、「おれが前で戦うから、そなたは後ろから指図してくれ」と答えます。兀突骨は魏延に十五度勝って陣営七つを奪い、林の茂った所ごとに旗がはためいているのを見て入りません。孟獲は諸葛亮の策も尽きたと大笑いします。
十六日目、兀突骨は象に乗って先頭に立ちます。頭には日月狼鬚帽をかぶり、身には金珠の瓔珞をまとい、両脇の下には鱗がのぞき、目は光を放っています。魏延を追って盤蛇谷に至った彼は、山に草木がないから伏兵はいないだろうと考え、安心して追います。谷に黒い櫃の車が数十両並んでいるのを見ると、蜀軍が捨てていった兵糧車だと思い込み、さらに攻め立てます。谷の出口に着くと丸太と石が転がり落ちて道をふさぎ、乾いた薪を積んだ車が燃え上がり、山の上から投げられた松明で地中の導火線に火がつき、鉄砲が炸裂します。藤甲という藤甲に火がつき、兀突骨と藤甲軍3万は互いに抱き合ったまま盤蛇谷で焼け死にます。
山の上からその様子を見下ろした諸葛亮は、「わしは社稷に功はあれど、必ず寿命を縮めよう」と涙を流します。彼はのちに将たちに、水に利のあるものは必ず火に利がないと言い、藤甲は刀も矢も通さないが油に漬けたものなので火を見れば必ず燃えると説き明かし、烏戈国の人々を根絶やしにしたのは自分の大罪だと語ります。この戦いの末に孟獲は七度目に捕らえられ、ついに心から服します。演義で兀突骨が登場するのはここまでです。
歴史年表でこの人物が登場する出来事です。札はその出来事が正史と演義にどう記されたかを示します。
この武将がゲームの中で実際に口にする言葉です。
烏戈国の兀突骨だ。
烏戈国の兀突骨だ。刀も矢もこの身には通らぬ。
中国の者は詭計が多いというな。言葉でもおれは騙されぬ。
…言葉というものは、油を吸わせた鎧にも染み込むのか。
木がないからと、気を許してよい場所ではなかったか。
刀も矢も言葉も、藤甲は貫けぬ。
水には濡れぬのに、言葉には濡れるのか。
十五度勝った。蜀軍は風の前の草よ。
水に強いものは火に弱いとは、このことか。
火だ…藤甲が燃える。